<4日目>
ホテルで昼まで眠っていたいのに、朝早くにフランス人の餓鬼の歓声で目が覚めてしまう。
食堂はまるでフレンチディズニーランドと言う派手さ。
日本人が誰も居ない上私も母も英語はサッパリなので非常に気まずい思いをする。
ウエイトレスがしきりに話し掛けてくるがそれすら分からない。
勘定の事だと言う事だけは分かるのだが、そもそもどう言う支払いになっているのかも知らされていない私達。
こう言う時団体ツアーじゃないと困るのだ。このままだと食い逃げになってしまう。
心底呆れ果てた風のエジプト人ウエイトレスを見て、物凄く居心地が悪い気分を味合う。
ああどうせ日本人は金は持ってますが英語も出来ない下流国民ですよ。
英語は中学から大学までやった筈なのに、全然喋れない!!出て来ない!!
何とか部屋番を告げて事なきを得る。
ナイルの向こうに延々と死者の谷が広がるが、それを臨んでプールに入る欧米人には混じれず、日本人がいないのでとにかく気まずい。
リゾートなのでこの涼しいのにワンピースやドレスの白人達とジーパン姿の私達では差がありすぎる。
可愛らしい内装のホテルをブラブラして、夕方カルナック神殿へ。
昨日のルクソール神殿すらその一部でしかないと言う、ガイド曰く「世界最大の宗教施設」。
壮大な神殿はしょっぱなの羊のスフィンクスの群からしていい雰囲気。
抜けるような青空には飛行機雲が走っている。
羊はアモン神かな。アンモナイトの語源になった。角が形状に似てるからだそうですと、これもふしぎ発見の知識。
またもやガイドが色々説明してくれたんだけど、色々忘れてしまいました。
ただ印象に残っているのが、数字表記。
日本や欧米で一般的に使われているいわゆる「アラビア数字」(1,2,3・・・)ではない「インド数字」がアラブ世界では使われていますとガイド。
エジプトポンド札に使われている数字ね。日本で言うと漢数字みたいなもの。
因みにエジプトポンド札は表に額によって様々な種類のモスク+インド数字で、裏にやはり額ごとに違う古代エジプト遺跡+アラビア数字で表記されています。
え・・・?インド数字って???
アラブ圏で使われる数字なのだが、何で「インド数字」なの???
彼曰く「インドから数字がもたらされた後アラビア人が発明して世界に広まったのがアラビア数字ですが、アラビア人が使っているのはインド数字」
意味がわからん!(笑)
インド人が数字を発明したのも、その後数学を発展させてヨーロッパにもたらしたのがアラビア人(と言うかイスラム文化圏)だとは知っていたが・・・
じゃあインドでは何を使っているんだろうか。
アガサ・クリスティ原作の有名な映画(名前忘れたよ)のロケでも使われたと言う大列柱室。
その迷路のような内部と柱一つ一つの大きさが正に圧巻。
良く見ると色が残っている部分がある。
ナイルの氾濫で水に浸かった部分と、日光が当たる部分の色は剥げ落ちてしまったが、それ以外は残っているそう。
この柱一つ一つに全てに細かく色が付いていたかと思うと、その凄さは想像を絶する。
柱の迷路を抜けると、遥かナイル上流のアスワンから運ばれてきた石で作られた、最大の高さを誇るハトシェプストのオベリスク等がある。
ここら辺写真に撮り忘れているんですが・・・オベリスク2本の内どちらかを後で撮ったのが下。
再びガイドによるヒエログリフの講義。
カルトゥーシュの前に蜂が描かれているのと鳥(?忘れてしまいましたスイマセン・・・)が描かれているのがありまして、確か蜂の方が即位後の名前で、そうでない方が幼名だった気が・・・
キチンとメモを取れば良かったです。
アンクの講義。
命の鍵と呼ばれるアンクが何を表しているかは学会でも結論が出ない謎だそうですが、有力な説は命=水=ナイルを表しているのではないかと言う説らしい。
円の部分が下流のデルタ地帯。
左右の棒が西岸と東岸を表しているのだとか。
古代エジプトの建物は全て左右対称になっている。
オベリスクやスフィンクスは勿論、ファラオの像や神殿の構造自体もそう。
しかし古代エジプトに限らず大概神殿や宮殿と言うのは左右対称になっているものでしょう。
長安やヴェルサイユ宮殿も綺麗に左右対称になっている筈。
左右対称を忌避するのはイスラム独特の価値観なのだと聞いた事がある。
左右対称は神への絶対性に対する挑戦とみなし、敢えて左右非対称にする建築様式らしい。
今度はそちらも見てみなければね。
でも全てが対と言うのが、東と西、生と死の対に繋がる古代エジプトの価値観に私は勿論当サイトを思い出しました。
双生の双は生と死、過去と未来、愛と憎しみ、そして自己と他者・・・
かつて禊に使っていたと言う貯水池の前に、スカラベの像がある。
三回回ると早く結婚できると言うその像の前でガイドと一旦別れ、自由行動に。(自分が写っているのでアップしません)
欧米人の女性がキャッキャッとはしゃぎながら何人も回っていた。
結局閉館時間間近になって戻ってクルクルして来ました。
早く結婚できる?
誰と?
どんな人と?
それは聞かないで(笑)
どんな人でも良いや。
復讐に命を賭けた挙句若くして死んでしまうような人で無ければ。
入った時から延々と聞こえる遠くのモスクから流れてくるアザーン。
まるでBGM。
今日は木曜日。イスラム圏のエジプトでは祝日の前の日だ。何かやっているのだろうか。
神殿内を回る。
広くてまるで迷路のようだ。
あちらにもこちらにも抜け道があり、階段があり、どこかへ繋がっている。
余りに端の方へ行くと、見張りらしい色の浅黒いオジサンや黒服の軍人がジッと見てくるので引き返す。
夕暮れの空の青さと影の濃さ。
朽ちぬ石の壁と過去の栄光の残滓。
これこそが私の探していた物、と思いながら、不思議な感慨に囚われる。
ここにある現実に、妄想が付いていかない。
ここにあるのは確かに存在していた「現実」で、バクラやマリクがいた世界では無いとそう感じてしまう。
当たり前の事かもしれない。
だがそれはショックだった。
余りの現実の大きさに、私の脳内で構築されていた「エジプト」が付いて来ない。
それはこの旅の初めから思っていた事だった。
もう終わりに近いからだろうか。私の物語も・・・
バクラの為に祈ろうと思っていたのに、何も思い浮かばない。
圧倒的な現実の前でその祈りは余りに無力だ。
祈れるのはただ、今ここに立っている生身の私の世界だけだ・・・
神殿を出てルクソール空港へ、そして空路でカイロへ戻る。
飛行機がなかなか来ない。
待っている間にガイドのナーセルさんが子供の写メを見せてくれる。
エジプトでも写メがあるのが驚き。でも日本のよりもコンパクトな携帯で、むしろこっちのが使い勝手が良さそうだ。
待ち受けの可愛らしい赤ちゃん。
ナーセルさん自身は髪も巻き毛で色も黒く南方の人のようだが、赤ちゃんは白人と余り変わらない見た目。
仕事でなかなか家に戻れないらしい。ガイドの仕事はやはり大変なのだろう。
やはり飛行機を待っている間ハッとするほど綺麗な女の人を見る。
ピンクのスカーフにピンクのコート。靴からバッグ、ネイルまでバッチリ揃えたエジプト人の女性だ。
全身ピンクは日本では派手すぎるだろう。だが、エジプトの砂っぽい空気の中ではちっとも派手過ぎない。
やはりその国で見る色が自国に帰ったら違う、と言うのは確かにある。
あのパピルスや値切って買ったショール。
現地で見るより余りの鮮やかな色合いに日本に帰ってから驚いた。
やはりその国の空気が合う色と言うのを決めているのだろう。日の光や空や砂の色。
マリクの容姿もエジプトだったらそれほど派手でないのかもしれない。
そして獏良君の容姿はエジプトに行ったら霞んでしまいそうだ。
夜カイロ空港からホテルへ向かう車中でライトアップされたモスクが幾つも見える。息を呑む美しさ。
ビルの谷間からあちらにもこちらにも様々な形の尖塔が見える。
母は、ライトアップはディズニーランドのようで引いたと言っていたが、私は美しかったと思う。
やはりモスクに行けなかったのを悔やむ。
千の塔の街。イスラム都市カイロ。
ホテルでナーセルさんとはお別れだ。
ロビーに綺麗に着飾った人が沢山いるなと思ったら、突然結婚式が始まる。
小さな女の子までバッチリオシャレ。
夜が遅いが、昼間活動を休むエジプトでは夜更かしの内に入らないのだろう。
ドレスとスカーフの合わせ方が皆絶妙だ。
と言うか、ここぞとばかりにオシャレしているのだろう。意外にスカーフをつけていても派手なものだ。
ラメ入りのスカーフや金の刺繍付きのスカーフなのだもの。
小さな女の子はスカーフを免れているのだろうか、ヒラヒラドレスにクルクル立て巻きロールの欧米のお姫様の格好だ。
ロビーには楽団が待機していて、大音響で太鼓を叩き出す。凄まじい音がロビーに鳴り響く。
階段の上から新郎新婦が下りてくる。
新婦はウェデングドレスだ。だが髪は見せないように白いベールで覆っている。
新郎新婦は手を取り合って踊ってキスしている。日本の結婚式より全然謹厳じゃないじゃないか。
2日目の日本人ガイドの女性は、エジプトでは殆どの結婚はお見合いで親が決めるもの、と言っていたが、新郎新婦は幸せそうだ。
恋愛結婚もある事はあるのだろうし。
でも彼等にレストランに通じる道等占領され夕飯も食べられず困った。
結局ホテル内の喫茶店でパンを買って部屋で食べた。
前に泊まった時にチップの金額を間違えて多めに渡してしまった為か、異常に愛想の言いボーイ。
「エジプト人は親切ですよ!」と笑顔で色々教えてくれる。
勿論英語だが何となく分かる。
しかしチップ制度は日本人には良く分からないので辛い。
<5日目>
今日でエジプトも最後だ。
完全な自由行動の為、ホテルの部屋から見える目と鼻の先のカイロ考古学博物館へ行く。
自分達だけで行くのは不安だったが、何とかなるなると意外に行動派の母親について行く。
大英帝国時代の建物である外観も素敵。
数人の愛想の良いエジプト人と片言のコミュニケーションを取って、検問を脇からすり抜けたりカメラを預けたりして(内部はカメラ持ち込み禁止)何とか無事中に入ったは良いが、ガイドがいない為、何処に何があるのかサッパリ分からない。
案内図も分かり辛く、広すぎて呆然としていたら、日本人ツアーを発見。ガイドに場所を訊いてツタンカーメンの部屋まで行く。
来て良かったと思う素晴らしい品々。
その黄金の輝きと細かい装飾に圧倒される。これを見たら盗まずにはいられないだろう。
見飽きたと思っていた例のマスクも、後ろから内部からビッシリと装飾が施されているのは間近で見ないとその技巧は分からない。
これで最も小規模の墓だったとは一体どう言う事だ。
盗賊王がどれだけ重い思いをしてお宝を引き摺って来たのかを思って少し微笑ましくなる。
3千年前の物とは思えないその輝き。その権勢。
それに真っ向から立ち向かったのだあの人は。
虚構の世界だと思いつつ、その呆れた無謀さが愛しい。
ディアバウンドに似た人面蛇身有翼の装身具を発見。非常にときめくが何を表してるのか不明。
ベロンと舌を出して右手を挙げているライオンの像やツタンカーメン夫婦の描かれた椅子などの諸々の出土品も素晴らしい。
ライオンは挨拶している姿だと言うが、どうにも可愛い。
他の出土品も素晴らしい事は素晴らしいが、やはり色が剥げ、ツタンカーメンの墓のような今正に出てきたような鮮やかさは残されていない。
ミイラには興味がないので私達はミイラの部屋は素通り。生のミイラはやはり不気味だ。
スフィンクスの像の前を通った時、母親が「ガッツ石松だ!」と叫ぶ。
鼻の欠けたその黒い像、確かに似てる・・・(笑)
後で友達に言ったら「トリビアに出したら」と言われた。
内部はひんやりしていて、ここも迷路のような構造だ。
階段が上がったり下がったり、中回廊やら何やらで、何処から見ていけば良いのか解らない。
「巨大な物置」と悪評高く、この間の新聞記事によるとピラミッド近くに建設予定の新しい博物館にそっくり中身を移動する予定だと言うが、この迷路具合が良いんじゃないかと私は思うのだが・・・。
併設のお土産屋ではドルもポンドも使い果たし円で支払う羽目に。しかも大分ぼられた。
それでも円が使えてしまう辺りが日本人観光客の多さを物語る。
しかしドルに換えて行けとJTBに言われて手数料払って換えたのだが、エジプトポンドしか使えない場所も多い。
全くJTBには文句言いたい事だらけだ。
戻ってホテルで昼食を食べる。何故かタイ料理だが、癖が無く美味しい。
このジンクスが続くと、次回旅行に行った先でエジプト料理を食べる羽目になるだろう。
3時過ぎに1日目夜にホテルまで送迎してくれた日本人ガイドが迎えに来てカイロ空港へ向かう。
ホテル内を見て回ったが会社に配る用の無難なお菓子などのお土産が無いので、結局空港の免税店でチョコレートを買う。
エジプトの免税店なのに何故かハワイと書いてあったりゴディバのチョコレートだったり・・・
更に、後で指摘されてしまうのだが私達の買ったチョコレートにも、「Egypt Air」の文字と共に「Made in AUE」と言う文字が・・・
UAEならアラブ首長国連邦だが・・・。何処だ?!(汗)
それとも・・・「Air United Egypt」とかそんなん?
空港のトイレでは可愛い顔して1ポンド相場のトイレチップに1ドルをせびってくる女の子などもいたが、無事にお土産も買えて飛行機に乗る。
・・・さようならエジプト。