何も無い虚ろな闇の中、ボクが待っていたのは、一体何だったのだろう・・・。
「あ?何か言ったか?」
自分と全く同じ声が降って来る。自分の上から。
自分と同じ髪、同じ声、同じ肌、同じ腕。でも、決定的に違った。
思わず微笑んでいたのだろう、『彼』は訝しそうにその真紅の目を細め、獏良の体を引き寄せた。
「もっと鳴かせて欲しいのか?」
そのまま、その舌が獏良の首筋をなぞる。
「っぅ・・・」
その感覚に思わず声が洩れそうになって、獏良は唇を噛む。
その唇を指で抉じ開けながら、『彼』はもう片方の手で更に獏良の曝け出された下半身に刺激を与え続ける。
「何言いかけたんだよ、宿主。」
だが、もはや獏良の耳には何も入ってこない。
肌の上と、その中と奥とを蹂躙する『彼』の指と舌が、彼の正常な思考を麻痺させていた。
いや、そもそも正常な思考なんて、初めからボクにあるのか。
獏良が飛びそうな意識の片隅で朦朧とした独り言を呟くと、弾け飛びそうな衝撃が体中を襲い、指で無理やり抉じ開けられた口から声が洩れる。
「ああっ・・・あ・・・っあ・・・ああ」
涙で霞んだ視界の向こうで、どことなく不機嫌そうな『彼』の顔が見える。
ボクと同じ顔。でも、決定的に違う。
・・・キミには分からないだろう?ボクの考えている事なんて。
「だから何だよ。」
声には出さないが、自分の思考が相手に伝わっている事に、獏良は僅かに眼を開く。
「だから何だよ、何がわからないってんだよ。」
いらいらしたように『彼』が言う。
うん、そうだね・・・。
キミには、わかりっこないよ。
鳴かされて、がくがく震えながら獏良は意地悪く思う。
ボクが・・・どんなにキミを『待っていた』かなんて。
自分の中に突然入り込んできた侵入者。
むしろ、それは寄生虫であって、自分を害する者以外何者でもない。
事実、『彼』が自分の中に入ってきてから、ろくな事は無い。
『彼』は宿主を貪り尽くすだけ貪って、利用する事しか考えていない。
今現在行われている行為だってそうだ。
獏良が望んで起こっている訳ではない。
完全な凌辱。
『彼』は、宿主は自分を恐怖し、嫌悪し、それでも仕方なく服従しているものだと思っている。
そこがそもそも間違いなのに。
獏良は自分の口内に侵入してきている『彼』の指を熱を持った舌でちろりと舐めた。
『彼』が驚いているのが分かる。
ほら、ね。
分かってないよ。
キミは分かっちゃいないんだ。
ボクがどんなにキミを待っていたかを。
ボクを見捨てない誰かを待っていた事を。
多分そういったらキミは嘲笑うに決まってる。
『何言ってるんだ、オレ様こそが一番お前の事を見捨てる可能性があるんじゃねえか。』って。
『オレ様はお前を利用してるだけなんだからな。用が済んだらポイ捨てだぜ。』
うん、分かってる。
分かってるよ。
でもね、それって用が済むまでは側に居てくれるって事だよね。
ずっと側に。
宿主の考えている事が分からなくて、それが無性に腹立たしくて、千年リングに宿ったもう一人のバクラは獏良の体に与える暴力に拍車をかける。
その度に痙攣する宿主の細くて白い体と、玉のような汗を浮かべた少女のような顔を見るたび、バクラはどうしようもない気分に襲われる。
これを何と呼べばいいのか、バクラには皆目見当も付かない。
こんな感情は初めてで、今まで蹂躙してきた数多の魂の響きとは全く違う。
どこか、痛い。
共鳴?まさか。
分からないのは、分かりたくないからかもしれない。
(何なんだよ、何なんだよ!)
イライラする。自分でも思っても見なかったほど。
(どうしてそんな切ねえ顔してんだよ!もっと怯えろよ!もっと嫌がれよ!)
そうすれば何の躊躇いもなく貪り尽くせるのに。
なのに、なぜ。
怖い。
不意にバクラはそう思った。
可笑しな話だ。
今自分が凌辱している相手が怖いなんて。
でも、怖い。
(こいつは最初っからそうだったよな・・・。)
何も映さないガラス球のような青い瞳。
綺麗なのにどこか空恐ろしい。
整いすぎた顔は人形のようで、そこがバクラは気に入った。
今までとは違う、何かを感じた。