そして母さんは出て行った。

ボクを置き去りにして。

でも、悲しく無かったよ。

だって、ボクは普通じゃないから。

母さんの選択は、正しい。

だってそうしなきゃ、いつかボクが母さんを壊していたよ。

事実、出て行った時母さんの精神は限界まで追い詰められていた。

 

だから、ボクは命の無いフィギアや、現実から逃避できるTRP・Gに熱中した。

だって、そうすればもうボクは、誰かに置き去りにされる事も、誰かを壊す事も無くて済むから。

 

友達が出来ても、ボクは嫌われないように虚ろに笑ってるだけだった。

でも誰も気付かなかった。

ボクが全然笑ってない事。

 

父さんは気付いていたのかいないのか、本当に滅多に家に居なかったから分からない。

もう、段々何かを読む力も薄まってきていたし。

ただ、たまに家に帰ってきても、どこかよそよそしかった。

どう接していいか分からなかったんだね。

母さんが、『化物』って恐れた子供に対して。

そんな父さんは、ボクに何かを買い与える事でしか親の愛情とやらを表現できなかったらしい。

色んなモノを買ってきてくれたな。

ボクが喜ぶから、各地の変なオカルトグッズが多かった。

でもボクは、表面上ほど嬉しくは無かったよ。

だって父さんは、それでボクを見捨てていないつもりなの?

こんなもので、誤魔化してるの?

 

でも、今は父さんに感謝してる。

だってこんな『厄介な』代物を買ってきてくれたんだもん。

初めて見た時から惹かれたよ。

エジプト土産の奇妙な知恵の輪。

『千年リング』

・・・これは、ボクのだ。

 

本当に『厄介な』代物だったよ。

気がつけば友達は皆フィギュアにされてるし、怖がられて転校は余儀なくされるし、父さんは遂に帰って来なくなっちゃった。

仕送り金だけはたっぷり来るけど、これで養ってるつもり?

でも、大して変わらなかったけどね。

ボクの中では。

 

童実野高校に転校してきて、事態ははっきりした。

この『リング』の中の人格が、ボクを操ってやった事。

同じ『千年アイテム』を持つ遊戯君との戦いで、ボクはもちろん遊戯君の味方をしたけど。

・・・どうしてあの後もこのリングを手放せなかったんだろう。

 

『父さんはいつもお前の事を考えてるよ。』

じゃあどうして帰って来ないの?父さん。

『了の事嫌いになったわけじゃないのよ。』

じゃあどうして出て行ったの?母さん。

『ずっと友達だよね。』

じゃあどうしてボクが怪しいとなると、掌を返したように冷たくなるの?皆。

 

『お前を利用してるだけだよ。』

・・・ありがとう。

はっきり言ってくれて。

嬉しいんだよ、おかしいかな。

『用が済んだら捨てるだけだ。』

いいよ、それで。無駄に待たなくて済む。

すぐに帰ってくるだなんて、嘘付かなくて。

 

それに、ボクの無意識下の願いを叶えてくれたしね・・・。

言ったでしょ?

『「こうして友達とずっと一緒にゲームをしていたい」って考えてるだろ・・・?

だからそんな願いをオレは叶えてきてやったってコトさ!』

 

うん、そうだね。

もしかして、嫌がらせのつもりだった?

やだなあ、ボクはもう、誰もどうなったって構いやしないんだから。

皆ボクの元を去ってしまう存在なんだから、欲しかったら人形にするしかない。

良く、わかってるよ。

ただ、最初は癪に障ったから邪魔してあげたけど。

一回くらい悔しそうな顔を見てみたかったんだ。

手、痛かったけど、後で舐めてくれたからいいよ。

・・・犯されちゃったけど。

 

キミは本当に酷い奴だから、最初は凄く痛くて苦しくて泣いてばかりいたけど・・・。

 

でも、いいんだ。

君に傷付けられて、ボクは改めて生きてる事を実感できる。

キミに貪られている間だけ、人形じゃなくなる気がするんだ。

だから、キミの好きなようにしていいよ。

ボクが『用済み』になる日まで。

 

キミが、ボクを殺してくれる人。

 

ただ・・・忘れないでね。

この体はキミの物じゃない。

あくまでキミは、ボクの寄生虫。

ボクが死んだらキミも帰る場所は無くなるからね。

人形の無い人形遣いはただの宿無し子だよ。

ボクが、死ぬまで、ずっと一緒。

だって、わかってるもの。キミが居なくなったら、ボクは、もう自分が要らなくなる事。

それまで、ずっと一緒。ずっと、ずうっと一緒。

 

「ああっ・・・」

悲鳴をあげて仰け反り、その後ずるずると脱殻のように全身の力を放出し尽くした体を横たえた獏良の涙の跡をなぞりながら、

バクラは自分がどんなに切なそうな顔をしているかに気が付かなかった。

 

「馬鹿な奴だよ・・・。」

本当に馬鹿だ。

どうして自分と一緒にいる?

どうして自分を受け入れる?

 

バクラはもちろん気付いていない。

もう一人の自分の心の底の深い闇など。

だが、気付く事は出来なくとも、感じる事は出来る。

何か絶望的な快感が宿主の心を満たしているのは、交わった体から伝わって来た。

 

「馬鹿だな・・・。」

 

何をそんなに絶望する事がある?

自分がやって来た事でそれが生じるならまだしも、それ以前からある『闇』に起因するそれは、バクラを苛立たせる事しかしない。

天邪鬼な彼は思ってしまう。

だったら・・・徹底的に孤独なんか感じさせないようにしてやろうと。

死ぬまで一緒、そう言ったよな?

後悔するぜ?

オレ様なんかと一生一緒なんてよ。

いや・・・。

そこまで思ってバクラは微笑む。

いつもの不気味な笑いのつもりなのだが、端から見たら、その笑顔の違いに別人と思うかもしれない。

一生なんて甘いぜ。死んでも放してやるもんか。

魂の先までオレ様のもんだ。

 

だから・・・。

 

バクラは呟く。

「お前こそちっとも分かってねえだろ。」

 

何が・・・。と問い返されないのが有り難い。

そんなの自分でもわかっていないからだ。

気を失っている獏良の額に、そっと唇を付ける。

 

それは、意外なほどに優しい口付けだった。

 

 

〔続〕

 

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