鼓膜を破って脳天までつんざく様なブレーキ音。

死神が目の前を通り過ぎ、小さな天使を連れて飛び立った。

ボクを置いて。

 

気が付くと、周りは人で覆い尽くされていた。

何か皆口々に叫んでいる。

横倒しになったトラックが目の前で黒煙を上げている。

でも、声なんて聞こえない。

音なんて聞こえない。

ただ、叫び声をあげる母さんの声が、唐突に聞こえた。

 

「いやあ!天音!!天音!」

狂ったように泣き叫ぶ母さんの方へ、ボクはよろよろと歩を進めた。

何か、言わなくては。弁明しなくては。

そう、思うのに、言葉が喉の奥に糊付けされてしまったように声が出ない。

そして、そんなボクに母さんは顔を向けた。

その時の形相をボクは忘れない。

 

「・・・あんたが殺したの。」

 

違う、そう言いたいのに声が出ない。

髪は逆立ち、涙に濡れた目は真っ赤に充血し、眉は吊り上がり、怒りと憎しみが膨れ上がる瞳でボクを見た。

まるで、自分の子供を殺した憎き殺人鬼に向けるような瞳で。

鬼のような形相をして、母さんはボクの白い髪を掴んだ。

「あんたが殺したの!?天音を、あんたが殺したのね?!」

そして、髪を掴んだままボクを揺さぶった。

「帰してよ!天音を帰してよ!!」

 

「奥さん、やめなさい!その子は関係無い!気持ちは分かるが少し落ち着いて!」

見かねた大人がそこに割って入った。

多分、その人は『その子』が『奥さん』の子供だと思っていなかったのでは無いだろうかと思う。

母さんが何かを言おうとした時、救急車のサイレンがそれを阻んだ。

 

天音は、結局助からなかった。

 

それから数日間の事は余り覚えていない。

沢山の人が来て天音の死を悼んで、天音はこんなにも愛されていたんだとぼんやりと思った。

母さんは狂うのを必死で押し留めるように、何事も無かったかのように忙しく葬儀の準備や仕事に明け暮れていた。

ただ、勤め先の大学から家へ戻った父さんはいつもより優しかった。それが嬉しかった。

それでも葬式は終ってしまう。

そしてやって来る。

突如として現れた喪失に、家族三人が直面しなければならない時間が。

 

お葬式の終った晩、ボクは無性に喉が渇いて眠れなくて、台所へと向かおうと部屋を出た。

母さんと父さんのモノらしき声が居間の方から聞こえてくる。無意識に聞き耳を立てていた。

聞いちゃいけない、と心のどこかで響く声は制止にならなかった。

 

「そんな事が在る訳無いだろう!天音の死に動転しているだけだ。」

「だって私見たのよ!あの子の方へ突っ込んできたトラックがこの子の目の前で天音の方へ曲がったのを!

あの子は普通じゃないのよ!あの子が天音を殺したのよ!了が!」

 

血の気が引くような、妙な眩暈がボクを襲った。

 

「昔から変な子だったじゃない!髪も白いし、変な事ばかり言うし!

だって知らないはずの事までいつの間にか知っているのよ、怖いじゃない!

まるで、私の子じゃないみたいよ・・・!化物みたい・・・!!」

 

ああ・・・もう、駄目だ。

ボクは悟った。

もう二度と天音は戻ってこない。

それと一緒に、もう二度と『ボクの普通の生活』が戻ってこない事を・・・。

気付かないふりをしていた。

母さんがボクを『恐れて』いる事を。

『嫌って』いるんじゃない、『恐れて』いる事を・・・。

嫌われるより辛い。母さんを苦しめている事を。もう、これ以上・・・。

 

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