「フン、あのハゲしぶといな。まあそんだけお前を思ってるって事だろ?」

 

「でも・・・リシドは・・・」

 

(マリク様・・・!私は間違っていた。貴方にただひたすら付いていく事が貴方をお救いできなかった私の出来る償いだと思っていた。

でも違ったのです。貴方はずっと私に救いを求めていた・・・!それは、自分のこの過ちを止めて欲しいと・・・気付かせて欲しいと・・・!

なのに私は・・・!貴方にお仕えする事で罪を償っている気になっていた・・・貴方の孤独も分かってはいなかった・・・!

貴方の罪ごと認めてさしあげる事こそが本当の償いだったのに・・・!マリク様!どうか死なないで下さい!

もう一度、やり直せるチャンスを下さい!私ももう偽らない!もう私は貴方の『寡黙な人形』ではない!

だから・・・お願いです!死なないで下さい!マリク様!!)

 

「リシド・・・!」

 

マリクの耳にもう一つの声が響いて来た。それは・・・

(マリク・・・)

 

「姉さん!?」

 

(マリク・・・許して下さい・・・私は大きな過ちを犯していました。私は命に代えても貴方を救おうとした。

それがあの時・・・貴方を助けてあげられなかった・・・外の世界を見せてしまった・・・私の罪を償う唯一の方法だと思っていた。

でも違ったのですね・・・!もっと貴方の側にいてあげれば良かった。貴方をもっと信じてあげていれば良かった。

貴方の罪を隠そうとすればするほど貴方の中の悲しみは成長し、その溝が埋められない程になってしまった・・・!

私がもし命を投げ出して貴方を救ったとしても、残るのは悲しみだけ・・・!その事をようやく気付く事が出来ました。

だからマリク!貴方も死なないで!お願い!貴方が死んでしまったら私達はどうやって生きていけばいいの?!マリク!)

 

「ねえ・・さん・・・!」

 

「ほらよ、お前が死んだらあいつ等どうなんだろうな。そしてマリク・・・お前は生きてたいんだろ?」

 

マリクは今度こそはっきりと頷いた。

そして立ち上がった。

「もう・・・大丈夫だ。ボクは闘ってみる。自分の闇と・・・あいつと。そしてあいつも・・・解放してやりたい・・・。」

 

マリクは少し目を伏せ、バクラに向き直った。

「ありがとう、バクラ。」

 

バクラは一瞬眼を大きく開き、瞬いて、照れたようにむくれた。

「か、勘違いすんなよ、オレ様はただテメエがここでくたばったら身体が戻らなくて困るからな!それだけだ!」

 

「うん・・・わかってるよ。」

だが、その表情は憑き物が取れたように晴れ晴れしていた。

「ボクは、もう行くよ。」

マリクはきっぱりと言った。

 

「今度こそ闇に食い尽くされないように注意しろよ!精々健闘を祈るぜ!ヒャッハア」

最後まで憎まれ口を叩くバクラにマリクはふっと微笑って言った。

「うん。じゃあね。そして・・・ありがとう、表の獏良も・・・。」

「何!?」

バクラがギョッとするのと同時にマリクの姿は闇から消えた。

 

「・・・オイ、宿主ぃ・・・。」

後ろをジトリと振り向いたバクラの耳に、聞きなれたとぼけた笑い声が聞こえてきた。

「あ〜、ばれてたか〜さっすがマリ君だなー。あっはー。心配で付いて来ちゃった。」

「な、なっにー!?テメエ、まさかハナっから・・・!!」

焦るバクラに獏良はいつものようににこにこと微笑みながら淡々と返す。

「もう、バクラってばホント素直じゃないなあ。折角珍しくマリ君が素直にお礼を言ったのに〜。

何か気の利いた事でも言ってあげられないの〜?」

「余計なお世話だ!!」

 

闇はまだここにある。

いや、常にあるだろう。

なぜならこの『生』そのものが闇なのだから。

バクラは、そう思う。

それでも光を求めたいと言うのなら求めるがいい。

光がある限り闇は必ずそのすぐ横にある。なぜなら闇と光を分けるのはただの『光の有無』だけなのだから。

光がある場所が光、無い場所が闇なだけ。

『闇そのもの』であるバクラは誰よりもそれをわかっている。

だから、闇の隣には必ず光はあるものだ。

それは、決して『死』の中では無い。そして、遠くではなく、すぐ隣に・・・。

それにマリクは気付いた。

闇に気付かない者は光にも気付く事は出来ない。

 

今思えば、なぜマリクを放っておけなかったのか何となくわかる気がする。

復讐でしか生きられなかった自分と同じ目をしていた事。どうしても気になっていた。あの、追い詰められた手負いの山猫のような紫の瞳。

そして・・・。

 

バクラは獏良の方を見た。

彼の中に巣食う『闇』。それは自分ではない。孤独と虚無、絶望と自己破壊願望が生み出す果てしなき『闇』。

自分とは異質のその闇こそが、この表のマリク、獏良、この2人を結び付けていた大きな共通点だった事を。

 

「・・・宿主。」

「何?」

 

ある意味で、バクラもマリクの事を愛していたのかもしれなかった。

だが、結局の所帰るのはこの『闇』。

 

(わかってんのか?宿主。テメエも死んで欲しくねえんだよ。勝手に死にたがってんじゃねえ!)

 

「晴れて身体が戻ったら・・・褒美くれよな。」

「はあ?何言ってんの?」

「たっぷり抱かせろ。」

「これ以上?・・・まあいいけどね。」

 

闇はまだ、晴れない。それでももう、寒くは無かった。

 

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