「お前はどーすんだって訊いてんだよ、へタレ墓守。このまま大人しく闇に喰われるつもりか?」

「・・・。」

マリクは再びバクラに背を向けた。

 

「・・・そうだ。」

「バカか?テメエ。」

マリクの答えを予期していたように、即座に返事が返ってきた。

「・・・何とでも言うがいいさ。ボクは・・・」

再び涙腺が緩み始めて、慌てて唇を噛んで誤魔化そうとした。

もう涙なんて枯れ果てたと思っていたのに、どうしてこんなに泣けてきてしまうのだろう。

リシドに最後の別れを告げた時もこんなに涙が溢れ出てくる事なんか無かったのに・・・。

 

必死で誤魔化そうとマリクはできるだけ静かな口調で言った。

「ボクの罪は・・・こんな事でしか償えないんだ・・・。父上を殺した罪・・・他にも沢山の罪を犯してしまった・・・。だから・・・」

「んなの言い訳だろう?」

 

言葉を遮られて、マリクはバクラの方をバッと向き直った。

「何がだ!!お前に何がわかる!!他にどうやって償えばいいんだ!!大体何なんだ、お前は!

ボクが消えたってお前には何の関係も無い事だろう!?さっさと帰れよ!」

 

激昂するマリクとは対照的にバクラは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「だがテメーの大事なハゲと姉貴は悲しむだろーよ!

お前、残される人間の事ちっとは考えた事あるか?自分で勝手に完結しやがってよ!自己中なのもいい加減にしやがれ!

テメーのやってる事は罪の償いなんかじゃねえ!むしろ償うべき人間を悲しませるだけの二重の罪だ!」

 

ガクリ、とマリクは膝を付いた。

全身ガクガク震えている。

寒い。寒くて堪らない。

また奴のライフが減って自分の体が闇に喰われたのだろうか。

それとも・・・。

 

「お前なあ、本気で罪を償う気あるのか?あるんだったら生きて償えよ!死んで何がどう償えるんだ。

ただ死に逃げたいだけなんじゃねえか?辛い事全部、死ねば終われると思ってんじゃねえのか。」

追い討ちをかけるようなバクラの言葉に、マリクはむしろ静かになった。

 

「・・・そうだよ。」

マリクが妙に落ち着いた口調になったので、バクラはぎょっとしてマリクを見下ろした。

「・・・ボクは・・・ボクは・・・初めからただ死にたかっただけなんだ・・・!」

マリクの言葉にバクラは愕然とした。

 

「ふ・・・ふふ・・・馬鹿だよな、本当に、馬鹿だ。

もっと早くに死んでいれば・・・そう、お前の言う通り、全部言い訳だよ。

墓守の復讐?父上の仇?お笑い種だよ、それは全部言い訳だったんだ。

ボクは・・・惨めに生にしがみ付いていたかったんだ・・・あいつを・・・闇を創りだしてまで・・・

生にしがみ付いたけど・・・そこまでして守る価値なんて、自分の命にはなかったんだ!!」

マリクはもはやぼろぼろ泣いていた。泣きながら笑っていた。

 

「ボクは逃げ出したかった・・・ずっと・・・自分に課せられた運命から・・・この苦しみから・・・

父上への憎しみさえ・・・ボクは認められなかった・・・そう、正にあいつの言う通りなんだ。

ボクはずっと追い立てられるように闇から逃げていた・・・。でも、逃げられる訳が無かったんだよ!

ボクは・・・もう・・・逃れられない・・・!この・・・『全てを終らせたい』と言う願望からね!!」

マリクは形の無い闇の中の地面に突っ伏した。

 

「愛してくれる人がいるなら・・・何かが変われるんじゃないかって思った・・・。

でも、そんなの結局無理だったんだ!!ボクが自分を憎んでいる限り、誰もボクを愛してなんてくれない!

例え愛してくれても、絶対ボクには届かないんだよ!」

バクラは呆然と、泣き叫ぶマリクを見下ろす事しか出来なかった。

 

「だからもういいだろ!もう十分だろ!終らせてくれたっていいじゃないか!!もう嫌なんだ!これ以上・・・苦しむのは嫌なんだ!!!」

地面に拳を叩きつけ、マリクは叫んだ。いや、その叫び声はほとんど悲鳴だった。

 

しばらくの沈黙の後、マリクはぽつりと言った。

「・・・お前の言う通り、本当に自分勝手な人間なんだよ、ボクは・・・。」

 

再び沈黙が闇を覆い尽くした。

 

息苦しいまでの長い沈黙の後、バクラは声を絞り出すようにうめいた。

「だったら・・・最後までその自分勝手押し通せよ・・・」

「・・・?」

マリクは涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげた。

 

「だったらよお、最後まで自分勝手になってみろよ・・・。

お前さ・・・さっき言ったじゃねえか、『生にしがみ付いた』ってよ・・・。ホントに、ずっと死にたかっただけなのかよ・・・」

マリクははっとした。

 

バクラは何かを必死で堪えるような顔をして、言葉を振り絞った。

「ただ死にたかった奴が、あんな精力的に活動するかよ・・・お前・・・本当は死にたくなかったんじゃないのか。」

マリクは顔をあげた。2人の視線がぶつかる。

 

「生きてきたんだろ?お前、16年間よ。あの時死んでいれば良かったって、じゃあなんで死ななかったんだよ。

・・・生きて、いたかったからじゃねえのか?」

 

マリクは呆然とバクラを見上げていた。

「死にたいと思う感情に、生きたいって意志が勝ってたから、何が何でも生きてきたんじゃねーのか?

自分が生きる為に必死こいてつき続けてた嘘が、剥がれ落ちたくらいで投げ出せるような人生なのか?」

 

「・・・どうなんだよ?」

バクラは尋ねた。それはいつもの詰問調ではなく、どこか優しい口調だった。

 

「ボク・・・は・・・」

大きな紫の瞳が激しく揺れている。

心の葛藤が闇の中で音を立てるようだ。

 

「ボクは・・・」

 

「死にたくない・・・!!」

 

その途端涙が一気に溢れ出た。

今までとは比べ物にならないくらい。

 

「うっ・・・うっ・・・」

泣きじゃくるマリクに、バクラはふっと目元を緩めた。そしてマリクの前に膝を付く。

「なーんだ、言えんじゃねえかよ馬鹿ガキが。」

 

「・・・ふっ・・・いき・・・生きてていい・・・んだろうか・・・ボク・・・は・・・」

 

「馬鹿か、テメエ。そんなの誰かに訊くもんじゃねえよ。生きたいと自分で思ってんなら生きりゃあいいんだよ。

誰かに答えを求めんじゃねえ。お前が生きたいと思ってんのが答えなんだよ。」

 

バクラはそっと両腕を回してマリクを抱き締めた。

「お前はホンット自己中な奴だが、ぜってえ自分自身の為に生きた事ねえだろ。ったく馬鹿な奴だな。

言い訳ばっかしてんじゃねえよ。今度はテメエの為に生きな。」

 

言葉は悪いが、その思いは痛いほどマリクに伝わって来た。

マリクは泣きながらバクラにしがみ付いた。

自分より数段華奢なはずの身体がなぜか頼もしい。

そして、その暖かさがどうしようもなく切ない。

 

その時、2人の耳に声のような音が入り込んできた。

すべての音を吸い込む闇の中だというのに、なぜかその声は闇の外側から響いてくるようだった。

 

(マ・・・・マリ・・・ク・・マリク・さ・・マリク様・・・!)

 

マリクは耳をすませた。確かに聞こえる。それは、自分の名を呼ぶ声・・・!

 

(マリク様・・・!マリク様・・・!私の声が聞こえますか・・・?)

 

これは・・・

「リシド!!」

 

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