光の中に完結する物語

 

 

 

それは良く晴れた麗らかな春の日だった。若い二人の門出を祝福するかのように、花々は咲き乱れ、鳥は囀っていた。

その晴れ渡る空と純白に輝く教会の神々しさを見て、少年は・・・いや少年の姿をした生き物は少し苦笑した。

招かれざる客、と言う言葉が脳裏を過ぎる。

遠くで歓声が聞こえる。

見ると、丁度教会の扉をくぐり、2人の若い新郎新婦が敷き詰められた深紅の絨毯の上を歩いて来ている所だった。

周囲を取り囲む友人達が祝福の言葉をかけ、ピンク色の花弁を2人に投げかけている。

新郎新婦も、そして友人達も皆、その面影を残したまま歳相応に大人びている。

その姿に胸を締め付けられるような懐かしさを覚えるが、同時にまた、寂しさも感じる。

もう、あの時からどれほどの年月が経ってしまったのだろう・・・

友人達に祝福されながら、新婦よりもやや背の低い新郎はキョロキョロと辺りを見回している。

そしてそのあの頃よりは十分に大人びた、だがまだ子供の純粋さと無垢さを無くさない瞳が、木陰に隠れていた白い影を見つけた。

 

「獏良君!」

 

新郎は嬉しそうにその名を呼んだ。

見つかってしまい、このまま帰ろうと思っていた獏良はおずおずと木陰から歩み出た。

「やあ・・・遊戯くん、久し振りだね」

口を出た言葉は余りにも陳腐だったが、それ以上の言葉は見つからなかった。

久し振りに・・・いや久し振りと言う程浅い年月でも無い月日を隔たっていた友を見つけた遊戯は、本当に嬉しそうに新婦の手を引き駆け寄ってくる。

それに気付いた城之内達もその姿を見、驚いたように駆け寄ってくる。

「獏良じゃねぇか!」

「オイ、マジかよ!?」

「獏良君・・・本当に、本当に久し振り・・・」

懐かしい友人の顔を見上げた遊戯の瞳は、既に今まで何回も感極まって涙脆くなっていたのだろう。熱い水で溢れ出さんばかりになっている。

見上げるその純粋な視線に何処か後ろめたさを覚えながら、獏良は微笑んだ。

あの頃と変わらぬ、だがある意味決定的に変わった、その中性的な、白い花のように美しい笑みで。

「獏良君・・・ホント、来てくれて嬉しいよ・・・!来てくれないんじゃないかって思ってたから・・・」

遊戯が涙ぐむのも無理も無い。

獏良は大学卒業を待たずに、ある日突然忽然と姿を消してしまったからだ。

両親と、友人に宛てた手紙を残して。

彼の行く先を知っていたのはただ一人、彼「等」に住む場所と働き口を斡旋した・・・今や貿易会社取締役社長になっているマリク・イシュタールだけだった。

遊戯の結婚式に参列していたマリクは獏良の姿を見て内心ホッとしていた。

遊戯の結婚式の予定は告げたものの、彼が行くとははっきり返事をしていなかったからだ。こればかりは強制する訳にも行かない。マリクは獏良が遊戯の結婚式に出る決心をしてくれた事に安堵していた。

彼が全ての記憶を失った遊戯達と何の屈託もなく会えるとは思わなかったが、それでもこれ以上かつて友達同士だった者達がお互いを忘れて行くのは悲しかった。

「遊戯君、真崎さん・・・じゃもう無いのか・・・杏子さん。結婚おめでとう。ゴメンね、言うのが遅くなっちゃって。これ、詰まらない物だけど、ほんの気持ちで・・・」

獏良は大事に手の中に持っていた小さな白い箱を差し出す。

「開けて良い?」

獏良が頷くのを見て、遊戯はその獏良らしくシンプルに包装された包み紙を剥がし、箱を開けた。

そこには金で出来た小振りの猫の形をしたペンダントが、2組対であった。

「わぁ、綺麗!」

杏子が歓声を上げる。

「これは・・・古代エジプトの家庭の守り神、バステトのお守りだよ。2人が素敵な家庭を築けますようにって」

獏良はニッコリと笑う。バステトはかつてのマリクの名の由来になった女神だが、獏良に他意はない。

「ありがとう、獏良君・・・」

いよいよ感極まったのか目を擦る遊戯の脇から、城之内の声がかかる。

「いよっ!本当に久し振りだなぁ獏良!えと・・・もう10年ぶりくらいになってんのか?何処行ってたんだよお前!スゲェ心配したんだぜオレ達!」

そう言う城之内はかなり大人っぽくなっている。顔立ちから少年らしさが抜け、より逞しく男らしくなっている。警察官としての実績も積んでいるのだろう。だが、その真っ直ぐな瞳だけは変わらない。

「そうだぜ獏良。今まで連絡も寄越さずに!もうオレ達の事なんか忘れたかと思ったぜ」

本田は今は眼科の開業医になるべく医大の付属病院で頑張っているらしい。角刈り頭は相変らずだが、以前の不良少年は鳴りをひそめ、今ややや荒削りだが実直な医師に見える。

隣に寄り添う妻である静香もよりおしとやかな大人の女性になったようだ。

この2人が結婚する時は兄である城之内が大分反対して揉めたらしい事はマリクから聞いた。

口元を緩ませる獏良とは対照的に城之内達は益々眉間に皺を寄せる。

「獏良、聞いてんのか?」

困ったように微笑みながら僅かに首を傾げる獏良に助け舟を出すように、遊戯が下から声を上げる。

「もう良いじゃないか、城之内君、本田君。獏良君が来てくれたってだけで。本当に有り難う、獏良君」

遊戯にそう言われると、2人とも何も言えない。

「そうよ、城之内、本田。さぁ他の皆が待ってるわ。あっちに行って一緒に食事をしましょう」

アメリカ留学から帰ってきて、ダンサーとしての評価も徐々に高まりつつある杏子が彼等を促す。

獏良は少し迷ったように視線を泳がせた。

少し後ろを・・・生垣の向こう側を見、それから彼等の後方にいる正装姿のマリクに視線を向けた。

マリクは何も言わず頷く。

獏良はマリクにしか分からないように僅かに微笑むと、彼等と一緒に会食形式になっている教会の庭へと歩き始めた。

その向こうにはアメリカから一時的に帰ってきている海馬瀬人や弟・モクバ、そして同じくアメリカで今や若きゲームデザイナーとして活躍している御伽龍児の姿も見える。

城之内とくっ付きそうでなかなか結婚まで至っていない孔雀舞の姿も。

「それにしてもお前・・・全然変わらねぇなぁ」

懐かしさに浸っていた獏良に城之内が無邪気に話し掛ける。

「そうね、まるであの頃のままじゃない。全然歳を取っていないみたい」

杏子も屈託なく賛同する。

「え・・・そうかな?」

獏良は少し首を傾げたが、内心ギクリとしていた。

その獏良の心の動揺をまるで隠してあげるように、遊戯が大きな声でおどけてみせた。

「いいなぁ獏良君、歳を取らないなんて、ずっと若々しいままなんだね!杏子なんていっつも肌の衰えを気にしてるのに」

「な、何て事言うのよ遊戯!まだまだ私は若いわよ!た、確かに獏良君の白い肌は・・・羨ましいかも知れないけど・・・」

「そうね〜少なくとも私よりは若いよね杏子!私なんてもう三十路越えのお婆ちゃんだもの!」

慌てる杏子の横から、舞が鋭く突っ込む。

「いつまで待たせるのよ城之内!私もう皺くちゃのお婆ちゃんになっちゃうよ!」

「いや、だからそれはオレがもっとちゃんと舞を迎えて上げられるようになるまで・・・」

「いつまで待たせるつもり?!さてはあんた、他に女が・・・」

「んな訳ねぇだろ舞!お前こそ、いつもオレに黙って海外行っちまって!お前こそ外国の男と仲良くやってんじゃねぇのか?!」

「何ですって?!」

毎度の犬も食わない喧嘩が始まり、周囲は苦笑しつつ温かい目で見守る。

だが、獏良は隣で笑っている遊戯の横顔を見て、ふと、思った。

まさか・・・

まさかね。

 

マリクはこっそりと喧騒を抜けて、チャペルから離れた緑に繁った生垣に声をかけた。

「ここは禁煙だぞ」

白い煙が一筋上がり、くぐもった笑いが聞こえる。

「良いじゃねぇか、堅い事言いっこなしだぜ?マリク。神を冒涜する者が、そもそも神聖なる教会の中に入ってるんだからな」

マリクはわざとらしく溜息をつく。

「確かにな。だがそれを言うならボクだって同罪だ。」

「・・・あいつは違うがな」

生垣の向こう側から人影が立ち上がる気配がする。

見上げるほどの長身と、純白の蓬髪、褐色の肌に走る傷痕。ギラギラと光る薄紫の瞳。

どう考えてもこの場に相応しくない大男が、自分よりやや身長の低いマリクに笑みを向けた。

「何てったって本物の『神様』なんだからよ」

「・・・良く言うよ」

マリクも苦笑する。

「お前こそ・・・来るとは思わなかった」

マリクが見せた僅かに真剣な表情に、咥え煙草の青年は肩を竦める。

「確かに『セベク』の社長副社長が2人揃って遠い極東の地に出掛けちまってるのはマズイかもな。だが、あいつを一人で日本に送り出す方がよっぽど心配だ」

「過保護だな」

マリクの声に揶揄するような響きが交じる。

「たりめーだろ?」

それに大男・・・バクラはニヤリと笑う。

「あいつはほっとくと何しでかすかわかんねーからな。オレ様の肩に世界の命運がかかってるって訳だ」

 

「じゃあもう、行くね・・・」

「本当に、もう行っちゃうの?獏良君」

名残惜しそうな遊戯の顔の背後から、夕日の赤い光が差し込む。

あの地の強烈な紅とは違う、懐かしい淡くも力強い朱。

「うん・・・ゴメンね」

二次会にも出ずに帰路に着こうとする獏良に、遊戯はおずおずと切り出す。

「獏良君、あのね、あの、ボク・・・獏良君にずっと言わなくちゃいけない事があるような気がするんだ・・・」

だが遊戯の必死の言葉に獏良は僅かに目を見開くも、やがて弱々しく首を振る。

「それは・・・きっと遊戯くんの思い違いだよ。ゴメンね、ホント。後これ・・・」

獏良はなにやらゴソゴソとポケットを探り、中から白い封筒を差し出す。

「本当は投函しようと思ってたんだけど・・・。もしボクの両親に会う事があったら、これを渡して欲しいんだ」

「獏良君・・・」

遊戯の瞳に動揺が走る。

あれ以来、獏良は家族との連絡も絶ってしまっていた。

何回か獏良の両親に行き先の心当たりを尋ねられた遊戯だったが、心苦しかったが首を振る事しか出来なかった。本当に、知らなかったからだ。

今回も、両親にも会わずに帰ってしまうつもりなのか。何処だか行き先も知らせずに・・・

「獏良君、駄目だよ。これは自分の手で渡さなきゃ!」

遊戯は白い封筒を同じように白い獏良の手に押し戻す。

「獏良君、ボクが言いたかった事はね・・・」

遊戯の真剣な深紅の瞳が獏良の瞳を射る。既にその瞳に蒼いあの不吉な輝きは無いものの。

「獏良君、ボク達がどんなに離れていても、ボクにとって君は大切な友達だって事だ。それだけだよ」

そこまで言って遊戯はにっこりと力強く微笑んだ。古代エジプトの王の魂を冥界に送る事が出来たのも、この強き魂があったからこそ。

その笑顔を、獏良は眩しそうに見詰めた。それは、夕日の強い輝きの所為だけではなく。

その時後ろからこの日の主役を呼ぶ声がかかった。居なくなってしまった新郎を新婦が探しているのだろう。

「ゴメンね。もう行かなくちゃ。でも獏良君、これでお別れなんて無しだよ。また会おうね、絶対だよ。約束だよ」

遊戯はそう言って獏良に手を差し伸べた。

獏良はおずおずとその手を握り・・・そしてその白く華奢な手を遊戯は強く握り返した。

その力強さに獏良は内心驚いた。

10年前は・・・あんなに小さく、自分と同じく華奢に思えた手なのに。

そう、今や彼はもう祖父からゲームショップを受け継ぎ共同経営している身なのだ。前線からは退いたものの、決闘王としての称号はいまだ誰にも破られていない。

そして今日彼は生涯の伴侶を得たのだ。

もういつまでもあの優しく泣き虫の小さな少年では無い・・・

「うん・・・有り難う遊戯くん」

走り去る遊戯の後ろ姿を見送りながら、獏良は何処か温かさと共に寂しさを感じていた。

「何ボケッとしてんだよ」

後ろから低い声がかかる。

獏良はビクッとして振り向いた。

赤い夕日が彼の姿を照らす。

誰よりも、何よりも愛しい人物の。

「バクラ・・・脅かさないでよ」

自分と同じ名で彼を呼ぶ。

だが、最早体は共有していない。

彼は他人であり・・・そして恋人だ。

「何か・・・自分だけ取り残されてるような気がしてさ」

獏良は少し視線を落として言う。

「ボクの体は・・・多分『あの時』の反動で歳を取らない・・・。冷凍保存されてた君の体も歳を取らない・・・。マリ君だって歳を取るのに、何だかボク達だけが世界から取り残されてるみたいだ・・・」

俯く獏良に、バクラは鼻を鳴らした。

「バーカ。たりめーだろ?それの何が不満だ?オレ達はとっくに化け物なのさ。だがそれで良いじゃねーか。むしろ楽しいねオレ様は。歳を取らない永遠に可愛いままのお前を抱けてよ」

「あのね〜・・・」

バクラの屈託のない笑みに思わず苦笑するも、獏良は心が軽くなるのを感じた。

死して尚、生者よりも生き生きとしていた男。死の底から正に「奇跡」として生還した男の言葉には、不思議な力がある。この男の不思議な力は全てのマイナスエネルギーをも全て蹴散らしてしまうかのようだ。

だが、バクラは獏良の頭をいつものようにポンポンと叩くと、そのまま踵を返した。

いつもならそこで抱き締めてくれるのに、と獏良は不満に思い彼の大きな背中を仰ぎ見たが、その背中越しにバクラは告げた。

「オレ様がいるとお邪魔だろ?もう一組、感動の再会をしなきゃいけない人間が居るんじゃないのか?」

「え?」

意味が分からずキョトンとした獏良は、背後に人の気配を感じて振り返った。

そこに居たのは・・・

 

 

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