薄汚れた白いローブを纏ったこっくりとした褐色の肌は闇よりは薄く、重力に反するように天へと逆立った茶味がかったプラチナ色の髪は闇の中で浮かび上がるように見えた。
そして、その整った顔の中央に2つ、マリクをじっと見据える紫の瞳はまるで獲物を狙う獰猛な野獣のようにきらきらと輝きを放っていた。
そして、その額には不気味に輝く目のような形をした紋章が在った。
(どこかで、見た事がある・・・?)
こんな少年が一族の者の中に居たかとマリクは訝しく思った。
少年は床に倒れこむマリクを立って見下ろしていた。口元は僅かに右端だけが吊り上がり、微かに笑っていた。
それが、嘲笑なのか好意的な微笑なのか、マリクには判別しかねた。
少年はしゃがんでマリクの顔を覗き込んだ。
2組の紫電の瞳が交錯し合い、マリクははっとした。
(この子・・・ボクに似てる・・・?)
いや、似ているというより、同じだった。
確かに逆立った髪や、微笑をたたえた顔の表情などは微妙にマリクと異なっている。
しかし、その元々のつくりはマリクと全く同じだった。
やっとマリクが気付いたようなので、その少年はクククと喉の奥を震わせて笑った。
「そう・・・オレはお前だよ・・・」
さっきよりももっとはっきりと。完全に生身の人間のように少年は囁いた。
その声は、確かにマリクと同じ物。
「あ・・・」
驚きで言葉が出て来ないマリクを、少年は静かに抱きしめた。
「かわいそうに・・・お前が死ぬ必要はどこにもないってのに・・・死しか逃げ場所がなくなるまで追い詰められるなんてな・・・」
その言葉にはその内容とは裏腹に同情的な響きは全くなかったが、だからと言って嘲笑的な響きも見られなかった。
ただ静かに、状況を描写するだけのようにたんたんと少年は言った。
抱き締められているのに、不思議と恐怖は感じなかった。
回された腕はマリクの傷に触れないように首筋と腰にそっと添えられ、冷え切った闇の中なのに、そして『もう一人の自分』などと言う存在なのに、その体は不思議と暖かかった。
「ふ・・・う」
その暖かさに再び涙腺が緩んでしまい、マリクは少年の肩に顔を伏せて泣きじゃくり始めた。
「怖かったよな・・・?痛かったよな・・・?苦しかったろ・・・?でも、もう大丈夫だ。もう、お前は何にも耐える必要はないんだよ・・・。」
少年は震えているマリクの耳元に囁いた。
「死ぬべきなのはお前じゃない・・・そう・・・死ぬべきなのは・・・」
同じ様にたんたんとマリクの耳に囁きかけた少年は、そこで言葉を切った。
そして声変わりしていない声を地の底まで這わせ、どす黒く言い放った。
「お父上様だ!」
はっとマリクは顔をあげた。
少年の形相は一変していた。
悪鬼のように眉を吊り上げ、大きな目を見開いていた。
虚空の闇を凝視するの紫色の瞳は色が一層濃くなったように見え、狂気を湛えぎらぎらと光っていた。
「そしてリシド!あいつだ!姉上様も・・・一族の者も・・・それだけじゃ・・・たりないな・・・」
そこまで言って少年はマリクの方を見た。
「すべてだ!すべてすべてすべて!ファラオの魂も、オレ達をこんな目にあわせたすべて!すべての命!すべての魂!すべての肉体!すべての血!そのすべてをもってしても、この苦しみはあがなえない!!そうだろ!?」
声も口調も憎悪と怒りで燃え立つようなのに、顔は笑っていた。顔中を歪め、それは楽しそうに笑っていた。
「あ・・・」
マリクは恐ろしくなって体を離そうとした。
だが、渾身の力を振るっても、体はぴくりとも動かない。
「逃がさない・・・すべての命を葬り去るまで・・・オレ達は一心同体だ、そうだろ?主人格様!」
「あ・・・あ・・・」
マリクは恐怖で震え始めた。
ククク・・・と少年は、いや、闇から産まれたもう一人のマリクは笑った。
「怯える必要はないよ・・・だってオレはお前なんだからなあ!見ろよ!オレ達の体を!」
その言葉に自分の体を見下ろしたマリクは驚愕と恐怖で引きつった悲鳴をあげた。
マリクの体ともう一人のマリクの体が合わさった部分が、溶解して交じっている。
もう一人のマリクの腕がマリクの首筋と腰に溶け込み、同化している。
ずぶずぶともう一人のマリクが体を押し付けてくると、そこがまた熔け、交じり合っていく。
もうどこからが自分でどこからがもう一人の体なのか、全く境界線が失われ分からなくなっていく。
「ひぃ・・・っ・・あ・・・っい・・・やあ・・・ぁっ」
もがくマリクの頬にもう一人のマリクは子猫のように頬を摺り寄せてくる。そこもまたすぐに溶け合い、一つになる。
「大丈夫だって言ったろ・・・?もうお前が苦しむ必要はないよ・・・代わりにオレが全部請け負ってやる・・・お前の怒り、悲しみ、苦しみ、痛み、憎悪、全部オレに預けな・・・楽になれるぜ・・・?」
もう一人のマリクは甘い声で囁いて、震えるマリクの唇に自分の唇を重ねた。
「大丈夫・・・全部滅ぼしてやるよ・・・いっさいがっさいすべての命を・・・葬り去ってやる・・・なあ・・・?だからゆっくりお休み・・・オレの中で・・・」
唇さえも溶け合い、マリクはもう何がなんだか分からなくなっていた。
頭は朦朧とし、今喋っているのが自分なのかそれとも他人なのかその判別すらつきがたく、ただぼんやりとこのまま彼に全てを委ねれば楽になれると思った。
その時。
「マリク!何処にいるの!?いたら返事をして!!」
暗闇の中に若い女の声が響き渡った。
マリクは熔けそうな意識の中で、それを聞いた。
(ねえ・・・さ・・・ん・・・)
(ちっ、あの女か!こっちに来る!)
「マリク!お願い!返事をして!マリク!!」
その声は潤んでいた。今にも泣きそうだ。
自分を探してこんな所まで来てくれたのか、マリクは返事をしようとした。
しかし、それは闇の力によって阻まれた。
(よせ!オレが行く!あの女を葬れるいいチャンスだ!)
その闇の言葉にマリクははっとした。
そうだ、闇のマリクは全ての命を葬ると宣言したばかりではないか。
それにはもちろん姉イシズも含まれている。
(やめろ!姉さんを殺さないで!)
(何言ってる!あの女もお前を苦しめた片棒をかついだんじゃないか!)
(ちがう・・・)
(何が違う!あの女が本心でお前をどう思っていたか知らないわけじゃあるまい!いい偽善者だよ!あの女は!)
(でも・・・でも・・・)
逡巡するマリクの目の前まで辿り着いて、闇の中、イシズは膝を付いた。
ぽたぽたと雫が床に落ちる。
「ゴメンね・・・ゴメンね・・・マリク・・・!」
その言葉を聞いた瞬間、マリクは闇のマリクを押しのけた。
「ね、姉さん・・・!」
「マリク!」
イシズは暗闇から現れた弟を抱き締めた。