「・・・!!」
マリクはきつく目を瞑った。
だが、身体に予期した痛みは走らない。
不思議に思い、うっすらと目を開けたマリクの視界に、満面の笑みを浮かべる『闇』が居た。
マリクの身に付けていた薄い紫の服は二つに裂けていた。
その中から驚くほど滑らかで、傷一つ無い艶かしい褐色の肌が覗いていた。
少女のように幼い顔に似合わず筋肉の付いた均整の取れた体だが、やはり細い。
特に腰の細さは堪らなくそそるものが在る。
その細さは彼が肉料理を食べられない所為だと言う事を『闇』は知っていた。
そう、自分が彼の父親を葬ったあの日から。
その『闇』はうっとりとマリクの剥き出しになった肌を千年ロッドの切っ先でなぞった。
皮膚の表面を引っかくだけで、血が出るほどにはなぞらない。
だが、それが余計にマリクの体を刺激した。
恐怖とくすぐったい甘い痛みに耐え切れす、マリクは思わず体を動かした。
その所為で千年ロッドの切っ先が引っかかり、肌に傷が走った。
「あっ・・・」
思わず声を上げてしまい、マリクは咄嗟にきつく自分の下唇を噛んだ。
闇マリクは嬉しそうに噛み殺した笑いを浮かべた。
「もっと啼けよ・・・」
そう言って闇マリクは流れ出た紅い雫を熱を帯びた舌でじっくりと舐めとった。
マリクの体はピクリと反応するが、声は漏らさない。
闇マリクは執拗に同じ行為を繰り返す。
薄く傷を付け舐め取ると言う行為を。
それを体中に施し、たまに唇で吸って紅い痕をつける。自分のものだと言う標章のように。
その度にマリクの体は反応するが、決して声は上げなかった。
次第に行為がエスカレートしても、マリクはきつく唇を噛んだまま、飽く迄声を立てないつもりだった。
次第に焦れて来た闇マリクは、ちっと舌打ちをした。
「・・・それが最後の抵抗のつもりか?主人格様?」
ガッ
無抵抗のマリクの足の間の物を闇マリクは服の上からきつく鷲掴みにした。
「んっ・・・!」
不意を衝かれて、マリクの閉じた口の間から噛み殺した声が洩れた。
更に闇マリクはぎりぎりと摑む力を強めていく。ただ掴むだけではなく、手で揉み、擦り、刺激を与えてやる。
「・・・!・・・!」
噛み締めた唇から紅い物がぽたぽたと落ち、マリクが刺激に耐えかねて体を捩る度に汗と共に闇マリクの腕に落ちてくる。
くつくつと『闇』は嬉しそうに笑った。
「いいねえ・・・だけどもう・・・そろそろお遊びはやめるとするか・・・」
そう言うと闇マリクはマリクの体から右腕を離した。
最後に上へと撫で上げてから。
ビクリと反応したマリクの体を、闇マリクは両腕で抱え、固い寝台の上へと放り投げた。
したたかに冷たい石の表面に打ち付けられ、マリクはうつ伏せになったまま咄嗟に動く事が出来なかった。
気がついた時には、彼の体の上から、本当に楽しそうな笑い声が降って来た。
マリクの上に馬乗りになっている『闇』は、彼の右腕を摑んで紐できつく縛り上げた。
そして左腕をも寝台に括り付けられた時、マリクはやっと自分が何処に居るのかを認識した。そして、これから何がなされるのかも。
その途端、彼は全身の血の気がさっと引くような感覚に襲われた。
その感覚は、リアルな程に既視感と共に彼を圧倒した。
「そう・・・ここは、お前が父上からあの儀式を受けた場所だよ・・・」
耳元で熱い息と共に囁かれた言葉は、マリクから僅かに残っていたプライドも強がりも取り去ってしまった。
臓腑の奥から競り上がってくるような恐怖に、いや、もはや恐怖などと言う単純なものでもない感情に、マリクは絶叫した。
「イヤァァァァァァァァ!やめろ!嫌だ!やめてええ!嫌だあああああ!!!」
幼い頃に植え付けられた拭えぬ恐怖、苦痛、そして絶望の記憶。
それを闇マリクは自分の主人格に再現しようとしていた。
もう二度と、自分を忘れさせない為に。
「ククク・・・痛かったよなあ?怖かったよなあ?辛かっただろ?こんな記憶に縛られたまま生きていくのはよぉ・・・
だからあの時大人しくこのオレに体を明け渡しておけば良かったのに・・・
そうすれば、押し殺した痛みが自分を支配していく恐怖に囚われる事も無かった・・・。馬鹿だな・・・主人格様・・・ホントに馬鹿だよ・・・」
舐めるように『闇』は囁く。
マリクは恐怖で全身ががくがく震えていた。
「助けて・・・許して・・・父上・・・ボク、何でもするから・・・だから・・・嫌ああ」
すでにあの時と同じ様にマリクはうつ伏せにされたまま両手両足を寝台に括り付けられた。
ビリビリと闇マリクは彼の身体を辛うじて包んでいた薄い服を引き千切る。
ベルトを外し、その奥へと手を潜り込ませる。
「うっ・・・あっ・・・やっ・・・やだ・・・」
理性の制御も無くなったマリクの体は面白いように反応する。
闇マリクは指先でマリクの体を嬲りながら、舌を敏感になっている剥き出しの背中に這わせた。
抉られ、削れ取られた痛ましいスティグマは、それでもどこか神々しかった。
ファラオの記憶の在り処を指し示し、墓守の一族が受け継いできたもの。
だが、闇マリクにとってはそんな事はどうでも良かった。
この傷跡は彼が自分を生み出すきっかけとなったもの。言わば母親のようなものだ。
愛しそうにその無残な傷跡を千年ロッドの切っ先と舌でなぞる。
この傷の痛み、恐怖は闇マリクも知っている。
ただし、それは彼にとっては主人格とは違い、甘美な記憶だったが。
「ふッ・あ・・うっ・・・くウっ・・・ン・・・や・・・やだ・・・ヤ・・あ・・・ああアッアあっ」
悲鳴とも嬌声ともつかない掠れた声が闇マリクを刺激する。
「い・・・や・・・助けて・・・ねえさ・・・うう・・・助けて・・・リシド・・・」
その名を聞き、ぴくり、と『闇』の動きが止まった。
「リシド・・・助けて・・・何処に居るんだよ!リシド!!リシドォォ!!!」
「うるせえ!」
闇マリクはバッと上体を起こし、怒鳴った。
そしてぎりぎりと歯を噛み締める。
「まだ・・・あの死に損ないの助けを待ってるのか・・・!お前を自己破壊から救ってやったのはこのオレだってのに・・・!
あいつはオレをこんな暗い精神の奥底に封じ込めた上、自分がお前の一番の理解者だ、みたいな顔してのうのうと生きて居やがる・・・!
やっぱりあの時トドメを刺しておけば良かった・・・!」
激昂する闇マリクに煽られ、ますますマリクはリシドの名を呼び続ける。
「黙れ!その名を呼ぶんじゃねえ!どうせ助けに来やしないんだよ、あの男は!あん時だってそうだったじゃねえか!
お前が父親に凌辱されてるとも知らず、呑気に自分の顔にも刻印を刻みやがって・・・!
それで主人を救った気になってた、めでてえ野郎だよ!あいつは!忌々しい事この上ないぜ!
あんな物、あいつが自己満足で刻んだ物なんだよ!お前の為なんかじゃなくてな!なのにお前にとってそんなのにオレは劣るって言うのか!
結局あの時お前の一番側にいたのはこのオレじゃねえか!」
「で・・・でも・・・あの後もリシドはずっとボクの側に居てくれた・・・痛みを・・・分ってくれたんだ・・・」
もう完全に自分の物にしたと思っていた主人格の思わぬ反撃に、闇マリクは遂に、切れた。
「黙れ!」
闇マリクは、マリクのズボンを下着ごと引き摺り下ろし、千年ロッドの鞘を体中に衝き立てた。
「あああああああああああああああああ!!!!!」
マリクは凄まじい痛みに絶叫した。