「ぐうう・・・っう・・・」

ひくひく、と痙攣するバクラを見て、闇のマリクは満足そうに目を見開いて笑った。

 

「ククク・・・イイ眺めだなあ、バクラ・・・。そこで精々宿主様の可哀想な痴態でも拝んでな。」

 

そう言うが早いか、闇マリクは獏良を床に叩きつけた。

「あうっ・・・」

頭を打って朦朧とした獏良の上に、闇マリクは圧し掛かった。

「フ・・・さあて、どうやって喰ってやろうかな・・・生きたままパズルみてえにバラバラに分解してやろうか・・・」

 

ひくっと獏良の喉が恐怖で鳴るのを闇マリクは恍惚と聞いた。

「ああ・・・いいぞ・・・もっと怯えて見せろよ・・・主人格様みてえにな・・・」

 

そう言ってカクカク震える獏良の不吉なほど白い肌に指を這わせた。

 

「や・・・やめろおおおおお!!!!」

 

バクラは絶叫した。

 

全身から冷汗がぼたぼた出てくるのが分かる。

これだけは耐えられない。これだけは。

自分の目の前で、宿主が自分以外の人間にぐちゃぐちゃに犯される・・・

なら、自分がそうされた方がマシだ。

 

なぜだかなんて理由はどうだっていい。

ただ、耐えられない。

自分がバラバラにされた方が遥かにマシだ。

宿主に触れていいのは・・・獏良了を傷付けていいのは・・・

自分だけだ!!

 

全身の力で突き刺さっている槍を抜こうとする。

激痛で気が遠くなりそうだったが、辛うじて耐える。

こんな痛み大した事は無い。

宿主を奪われるくらいなら・・・!

 

これを愛と言わずして何と言う?

表のマリクはぼんやりと思った。

プライドの高い、自分自身以外の何者にも屈しない、属さない盗賊のバクラが。

自分自身以外の人間の為にここまでするなんて。

 

(バクラ・・・)

 

「ククッ、全く懲りねえ野郎だな。まあ、その身体でどこまで出来るかな・・・さて・・・こっちも楽しもうぜ・・・なあ・・・?」

 

舐める様に華奢な獏良の躰を視姦する。

自分の下に組み敷いている躰は、少女のように華奢で、折れそうに細く、堪らなくそそる。

肌蹴た服の間から見える肌は恐ろしい程透き通るように白い。

同じ躰のはずなのに、バクラとは違う意味で扇情的だ。

あれは決して服従しない野性の獣を飼い馴らそうとする征服欲を掻き立てる情事だったのだが・・・

脚、股、腰、臍、腹、胸、腋、腕、首、髪、口、鼻・・・

順に視姦していって、最後に眼に行き着いた。

 

その瞬間、今まで一回も合わなかった2組の双眸が遭ってしまった。

 

(・・・?)

 

闇マリクの視線が止まった。

 

(な・・・なんだ?)

 

その青い双眸は、海の底のように得体が知れない。

透き通りすぎて、逆に底が見えないのが不安になる。

 

現実世界ではバクラも獏良も焦茶の目をしている。

体が同じなのだから当然だろう。

だが、この精神世界ではバクラの眼の色は不吉な赫い血の色で、宿主である獏良の眼の色は透き通るような深海の蒼だ。

 

それはバクラとは別の意味で不吉な色だった。

全てを飲み込む大海原の底。

普段は穏やかな表情をしているくせに、全く底が知れない。

まるで引き摺り込まれそうな・・・

 

ざわざわ、と闇マリクの逆立った豊かな髪が音を立てた。

危険を察知した猫のように。

 

自分の下に組み敷いた少年は確かに自分に対する恐怖で震えていたはずだった。

それでいてさんざん弄んだ体は熱く火照っているだろうし、もう耐えられないほどに快楽を欲しているはずだった。

 

だが、何だ?

何なんだ?

 

獏良は真直ぐ闇マリクを見ていた。

心の奥底まで見透かすように。

その眼には、恐怖も、苦痛も、快楽も、何も、無かった。

何も。

 

(クッ・・・目を・・・逸らせない・・・!!)

闇マリクの首筋に汗が伝う。

これほどまでに追い詰められた事がかつてあっただろうか・・・。

 

獏良は、独り言のように呟いた。

 

「ああ・・・そうか・・・君だったんだね・・・独りぼっちで泣いていたのは・・・」

 

「!?」

 

闇マリクは跳ねるように顔を獏良から離した。だが、眼はその蒼に釘付けにされたまま。

 

「寂しかったんだね・・・ずっと・・・ずうっと・・・この部屋で、独りぼっち・・・」

 

全く抑揚の無い声で獏良は続ける。

 

「ずっと・・・見てたんだね・・・愛する人を・・・見守る事しか出来なくて・・・なのに・・・誰も認めてくれなかった・・・愛する人も・・・振り向いてくれない・・・寂しかったよね・・・苦しかったよね・・・」

 

「あ・・・あ・・・」

闇マリクは自分が冷汗をかいている事に気が付かなかった。

 

声はあくまで小さかった。

闇マリクにしか聞えないほどのか細い声で・・・本当に、独り言を呟いている様に、獏良は話していた。

だから、バクラや表のマリクにこの声が聞えていたのかどうかは分からない。

たとえ聞えていたとしても、その真意は分からなかっただろう。

追い詰められた獏良が妙な事を口走り始めたくらいにしか思わなかったかもしれない。

 

だが、闇マリクにとっては違った。

 

「こんなにも・・・深く・・・愛していたんだね・・・愛しすぎて・・・壊したくなるほど・・・」

 

そう言って獏良は手を闇マリクに伸ばした。

闇マリクは微かに、ほんの微かに震えていた。

大きく見開いた紫紺の瞳を、青い海の底へと引き摺り込まれそうになりながら。

そしてその白い指先が闇マリクの褐色の頬に触れそうになった時。

 

「・・・っうるせえ!!黙れ!!」

 

闇マリクは咄嗟に獏良の顔を千年ロッドで殴った。

バクラと表マリクははっとして2人の方を見た。

だが、明らかに追い詰められているのは闇マリクの方。

 

「黙れ・・・お前に・・・お前に何がわかる・・・!!」

 

搾り出すような声だった。

悲痛な、と言っても良い。

 

獏良は殴られてもなお全く表情を変えずに、淡々としていた。

そして、あの微笑をゆっくりと浮かべ、トドメを刺した。

 

「でも、これじゃいつまで経っても愛する人に本当の気持ちは伝わらないよ・・・可哀想に・・・」

 

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