ずるずる、と膝を必死で前に運び、何とか主人格に縋り付こうとするが、マリクはまた後ろへ下がり、闇マリクとの距離は開くばかりだ。

「何で・・・なぜだぁぁぁ!オレは何の為に・・・何の為に産まれて来たんだ!!こんな惨めな・・・死に方をする為じゃねえぇぇ!!」

 

『死に方』。その言葉にマリクは違和感を感じた。

(そうか、こいつはボクの作り出した『闇』だが・・・こいつにとってみれば自分の消滅は『死』に他ならないのか・・・)

『消滅』としか認識の無かったマリクは少なからず今更ながら驚いていた。

 

「死にたくない・・・!畜生、死にたくねえ・・・!!嫌だ・・・!嫌だあぁぁぁぁ!!」

体から溢れる冷気はその量を益々多くしている。その度に闇マリクは苦しそうに身を捩った。

どうにかこの苦痛から逃れようとするが、どうしても止められない。

 

「主人格様あ、頼むよ、助けてくれよ!なぜだ、答えてくれよ!

オレは何の為に・・・ぐふっ・・・う・・・オレは・・・ただ・・・お前を守ってやりたかっただけなのに・・・!!」

 

必死で主人格に取り入ろうとする闇マリクにマリクは顔をしかめた。

 

「今更何を・・・!白々しい!ボクをさんざん痛めつけておいて・・・!

そのうえボクを闇の生贄にして消そうとしたのはどこのどいつだ!?勝手に消えろとほざいたのは貴様じゃないのか!!」

 

もはや恐れる必要も無くなった惨めな闇の残骸にマリクは怒鳴りつけた。

 

と、闇マリクの表情が変わった。

「違う!!いや、違わねえが、違うんだよ!!主人格様!」

 

「何がだよ・・・!自分が消えそうになったら命乞いか?ボクの体を乗っ取ろうとずっと機会を窺っていたんだろう?!

それで何が違うんだ!何をどうお前がボクを守ったって言うんだ!さっさと消えうせろ!」

 

マリクはそのまま踵を返してこの部屋から去ろうとした。自分が何もしなくても、『闇』はもう長くは持たないだろう。

 

「待てよ!待て!主人格!オイ!頼む!待ってくれぇ!!!」

 

後ろから悲鳴に近い制止があがったが、マリクは無視しようとした。

 

「じゃ、じゃあ、オレは何の為に産まれて来たんだよお!!」

 

絶叫に近い闇マリクの叫びに、マリクは思わず足を止めた。

後ろから聞こえてくる声がすすり泣きのように聞こえて、歩き出す事が出来ない。

 

「お前が・・・独りぼっちで泣いていた時・・・オレは・・・お前を見つけた・・・。

そして・・・お前が独りで死んじまう気でいたから・・・死んで欲しく無くて・・・お前を苦しめる奴等を皆殺してやろうと・・・。

お前の父親だってそうだ!墓守の儀礼にかこつけて、お前を好き勝手に玩具にしたあの男も!

お前を守るといいながら、逆にお前を追い詰めていったリシドと姉上も!!

お前を苦しめる物全てを、葬り去ってやりたかった、だけ・・・なのに・・・!」

 

マリクは驚愕で全く動く事が出来なかった。

まさか、こいつがそんな思いで父を殺したなんて・・・!

 

「なのにお前はオレをこんな暗い牢獄へ閉じ込めやがった!!

幽閉されている5年間、オレがどんな気持ちで生きていたか、お前に分かるか!?

お前に触れたいのに、オレの存在自体、お前は忘れたふりをして・・・!

リシドに抱かれ、グールズの連中に抱かれ、その度にお前の中に積もっていった虚無も、孤独も、オレは全部見ているしかなかった!!

オレが・・・お前の一番近くにいたのに・・・!!」

 

マリクは酷い眩暈がしてきた。

こいつは・・・こいつは・・・!

 

「お前の苦しみや絶望や、憎しみ、そして破壊願望!そうだ、お前が自分を破壊しないようにオレを作り出したんじゃないのか!?

お前の苦しみを全てオレに押し付けて、それで消し去って、自分だけ幸せになろうってのか!?

何でだ!?何でオレが消えなきゃならない!?答えろ!!主人格!!」

 

闇マリクの思わぬ本心にマリクは愕然としながらも必死でかぶりを振った。

信じられない。認められない。騙されてはいけない。

こいつは自分を消そうとした張本人だ。

こいつが消えなければ自分は消されていた・・・!

 

「嘘だ・・・!もしそれが本当だとしても、じゃあどうしてお前はボクを消し去ろうとした!?守るなんて嘘だ!!」

 

その言葉を聞いて闇マリクは叱られた子供のような声を出した。

「だって・・・お前が壊れたがってたんじゃないのか・・・?

オレは・・・お前を生きる辛さから解放してやろうと・・・最初は闇の牢獄に閉じ込めておくだけのつもりだったが・・・!

お前がオレをいつまでたっても認めようとしないから・・・。誰も・・・そう、姉上様も、リシドも、誰もオレを『マリク』として認めねえ!!

じゃあ一体オレの存在は何なんだ!?オレの存在は遊戯の言う通り『邪悪なモンスター』なのかよ!!」

 

闇マリクは最後の力を振り絞って立ち上がった。

 

「じゃあ、一体どうやってオレの存在を認めさせればいい・・・?!お前を消し去るしかなかった!

そうすれば、オレは今度こそきちんとした『人間』に・・・、『マリク』になれるんだ!!そう思った・・・。

それに・・・お前は本当に壊れたがっていた・・・。だから、闇に還すのがお前にとって一番良い事なのかと・・・。」

 

そこまで言って、闇マリクは言葉を切った。

「・・・もちろん!お前が闇に消えれば二度と会えない、それは考えたさ!でもな、お前に否定され続けるのは耐えられなかったんだよ!!

オレを産み出したのはお前だろう!?だったらお前がオレの親みてえなもんだ!その親に全存在を否定されたら・・・!」

 

マリクは思い出していた。父に『息子』として愛して貰えなかった日々の事を。

消えない苦痛を植え付けられ、何度も絶望を味わっても、それでも父に愛して欲しかった。それだけで必死で縋って、憎しみさえ封印して・・・!

 

「なあ、主人格様・・・オレは・・・お前が憎かった・・・。

ずっとこんな所に閉じ込められ、やっと手に入れられたのも束の間、お前はオレを絶対に見なかった。

そう、『邪悪なモンスター』『父を殺した憎むべき敵』としてしか・・・。オレはさ、ずっとお前に会いたかったのに・・・。

だから、むちゃくちゃにしてやろうと思った・・・。それも嘘じゃねえ。でも・・・それでも・・・やっぱりオレは・・・」

 

ずるずる、と無くなった片足を支えるようにして、柱に縋りながら闇マリクは表マリクのすぐ後ろまでやって来た。

そして、その腕を主人格に伸ばそうとした、その瞬間。

 

顔の左半分が、ごっそり削げ落ちた。

 

「ぐあああああああああああああああ!!!」

 

ただ事ではない悲鳴にマリクは思わず後ろを振り返った。

 

そこには見るも無残な闇マリクの姿があった。

地面に倒れ、激痛にのた打ち回り、その片方しか無くなった大きく見開いた瞳からは涙が溢れ出ていた。

右足、右腕、そして顔の左半分が消滅し、もがく度に体から鮮血の蒸気が霧散する。

 

あまりの悲惨さに、マリクは後ろを振り返ったものの、どうしたらいいのか分からず、呆然とその姿を見下ろすしか出来なかった。

 

「うっ・・・うぐうっ・・・っしゅ・・主人・・・か・・・く・・・イ・・・ヤダ・・・、消えたくない・・・!

離れ・・・離れたくないっ・・・!!」

 

闇マリクはもがき苦しみながら、必死で主人格を見上げた。

 

「も・・・う表に出たいなん・・・て言わない・・・、リシド、も・・・姉上さま・・・も、殺さない・・・

誰も・・・傷付けない・・・か・・・ら・・・、お前も・・・もう、犯ったり・・・しないから・・・だから・・・

消えるのだけは嫌・・・だ・・・!!」

 

ひゅーひゅーと半分しか無くなった口から絶え絶えの息をしながら、闇マリクは切れ切れに言葉を紡いだ。

 

「この・・・部屋に・・・いる・・・だけで・・・いい・・・もうそれ以上は・・・望ま・・・っうぐああ!!

ひくっ・・・う・・・だか・・・ら・・・消さな・・・殺さな・・・いで・・・!!」

 

マリクはなんと返答していいか、もう何も思いつかなかった。

おそらくもう何もかもが手遅れだ。

こいつはあともう少しで完全に消滅してしまうだろう。

しかし、マリクはこんな今更になって凄まじい思いに打ちのめされていた。

 

(こいつは・・・本当に・・・本当に・・・ボクの事を・・・!!)

だが、もう遅すぎる。

 

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