その後2人は少し交わって、疲れて眠った獏良を心に部屋に置いたままバクラは表に出た。
そして端から見ればずっとその下で眠っていたような桜の木から離れて、墓地を突っ切って帰ろうとした。

その時、天音の墓の前で手を合わせる小柄な人物の姿を見た。
どうやら中年くらいの女のようだ。
細くやせ細った体と、少々やつれてはいるが元々はエライ美人だっただろう顔は誰かに良く似ている。
それが今のこの体の本来の持ち主だと気づいた時には、その女がこちらを振り返っていた。

大げさな驚きようだ。
持っていた杓子を取り落としてしまった。
ああ、勿体ねえ。
あんなに水がこぼれてやがる。

「了・・・君?」

なんだ、他人の子みてえだな。
あんたの子だろ?
つっても中身は今は違うけどよ。

「久しぶりだね、母さん。」
しらばっくれて微笑んでみる。
宿主のふりはお手の物だ。

「え、ええ・・・。」

そんな引きつった笑みを浮かべるんじゃねえよ。
こっちは大芝居演じてやってんだからよ。
息子と違って本心隠すの下手だな、ババア。

それでもオレ様はてめえに感謝してやる。
こいつを、綺麗で儚くてしたたかで可愛くて生意気で、誰よりも大事な・・・宿主サマを産んでくれたのは他ならぬあんただからな。

「学校は・・・もう、慣れた?」
おどおどと、女は訊いた。
目ぐらい合わせろよ。
馬鹿かてめえ。
こいつが童実野高校入ってからもう一年以上経ってるじゃねえか。
訊く事違うだろ?

「うん、心配しないで、母さん。友達も沢山出来たし。」
嘘じゃねえ。
こいつは本心じゃ信用してねえけどな。
誰も信用してねえ。
オレ様の事もな。
まあ、それは当然だが。
だが、にっこり微笑んでみる。
こいつの十八番だからな。
これで大概の奴は騙される。
こいつの心の奥のあらゆる感情を知る事無く。

「そう・・・」

だが女は安心した素振りを見せない。
おや?
ちょっと違うか?

「ご飯は、ちゃんと食べてる?仕送りは、足りてる?」
「うん、大丈夫だよ。」

女はなかなか立ち去ろうとしない。
何か言いかけてやめて、でもまた言おうか迷っている様子だから、こっちとしてもこの場を逃げるタイミングが掴めない。
しかしいつまで経っても沈黙が落ちるだけなので、バクラは業を煮やして切り出した。
「じゃあ母さん。ボク、用があるから今日はこれで。」

くる、と踵を返したバクラの背中から、か細い声が聞こえた。

「ごめんね・・・」

だが、バクラは振り返らなかった。
ちらと振り向きもしなかった。

そう言う事は本人に言えよ。
オレ様に言ってもしょうがねえ。
そうかよ、罪悪感はあるのか。
そうだな、あんたの所為でオレ様の大事な宿主は自殺願望者になっちまった。
まあ、オレ様の責任も否めねえよ。
じわりじわりと壊れてたもんを、オレ様はあっさり破壊しちまったからな。
まあ最初はそれが目的だったんだけど。
だが、微笑みながら壊れていくこいつを見て、オレ様は堪らなく嫌になった。
何でだかなんて、理由はしらねえよ。
だがな、とにかく嫌なんだ。

だから、責任もってオレ様はこいつを繕ってやらなきゃなんねえ。

それに、そうだな、
あんたも苦しんでんだな・・・。

だから、許してやるよ。
あんたの息子、了の代わりに・・・。

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