獏良は目を覚ました。
その感覚は唐突で、夢を見ていたかのような、でもその夢の内容を全く覚えていないような、不思議な感覚だった。
それはいつもの、そう人格交代を果たした瞬間の感覚。

上を見上げると、見慣れた天井だった。
自分の部屋のベッドだ。
男子高生が独り暮らしをするにはやや贅沢なマンションの601号室。

(だる・・・)

それでも獏良は起き上がって台所へと向かった。
無性に喉が渇いたからだ。
そして、ダイニングまで行って、獏良は首を傾げた。
そこのテーブルに、ちょこんと紙の箱が置いてあったからだ。

「?」

自分が朝この部屋を出た時はこんな物は無かったはずだ。
しかもこの箱には見覚えがある。

箱をがさがさと開けて、やっぱり、と獏良は思った。
箱の中からバニラの香ばしい匂いと可愛らしい狐色のころんとした塊が覗く。
自分の大好きなケーキ屋のシュークリームだ。
だが、自分は買った覚えは無い。

まさか、彼が?
まさか。
どういう風の吹き回し?
バクラは甘い物はあまり好きではない。
特に超甘党の獏良が好むここのシュークリームはカスタードと生クリームが両方入っていて、かなり甘い。
いつも獏良が食べていると、よくそんな甘ったるいもんが食えるなとケチつけてくるのだ。
それを自主的に買ってくるなんて。

「バクラ?」
呼んでみる。

(何だ?)
声が返ってくる。

「これ、君が買ったの?」
(だったらどーした?)
「・・・一体どういうつもり?」
(どーゆーつもりって、折角買ってきてやったのになあ。その言い草ねえんじゃねえ?)
「ボクのお金でしょ?」
(まあ、そりゃそーだが・・・まあ、いいじゃねーか、細かい事は。喰えよ。)

仕方なく獏良はその丸い塊をちょこんと白いケーキ皿に置く。
アールグレーを入れ、その香ばしいシュークリームを口に運ぶ。
食べながら尋ねる。
「珍しいね。どういう風の吹き回しなの?」
(美味いか?)
「うん、まあね。ここのシュークリームはいつも絶品だよ。」
(そうか。)
「だから何なんだよ。気になるよ、君がまた変な事企んでるんじゃないかって。」
(何でシュークリームで企まなきゃなんねーんだよ)
「じゃ、何で?」
(・・・。)
あくまでも気になるらしい獏良に、バクラはボソッと言った。

(死んだらこれは喰えなくなるぜ?))

「・・・。」
獏良は思わずフォークを置いた。

(生きて美味いもん食って、それでいいんじゃねえ?)

あくまで無愛想に言うバクラに、獏良は黙って小さく頷いた。
なんだか、胸が締め付けられるようで、あまりうまくシュークリームが飲み込めない。
多分目頭が熱いのは喉に詰まって苦しいからだろう。
だから急いでアールグレーで流し込んだ。

そして急いで言った。
「でも、バクラの分が無いよ。」
(いーんだよ。その分後で存分にお前を喰わせて貰うからな。)

「・・・バカ」

ふ、と笑って獏良は言った。

「ありがとう・・・」

その『ありがとう』は、さっきの『ありがとう』とは違い、バクラの胸にすとんと落ちた。
柄にも無くうろたえて、バクラは照れ隠しにまぜっかえした。
(礼は躰で返せよ?)
「ハイハイ。」
獏良の笑みにも、今度はちゃんと、色があった。
綺麗な、薄紅色の。

〔完〕

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